由緒

 当神社は今からおよそ950年前、康平年間陸奥守源朝臣頼義公が安倍貞任討伐の勅命を受け大阪住吉大社の御祭神 底筒男命、中筒男命、上男筒命及び神功皇后、御四柱の御神霊を勧請せられ当時の岩手郡厨川村住吉の地に南部領内随一の住吉神社として奉祀せられたと言われております。
 以来地方民の信仰篤く歴代南部藩主も亦、殊の外崇敬せられ、第三十三代利視公は寛政七年(西暦1795年)社地を御寄進、社殿を御造営し、現在の地(住吉町)に遷座申し今日に至った。海上守護、浄化の神、交通安全、商売繁昌、安産の神として「住吉さん」の愛称を以て市民大衆に親しまれております。今日二千坪の広大な境内に繁る欅の大木や端麗精巧な八基の石灯籠は叙情の由緒を雄弁に物語っております。
 また日本の総氏神様であります、伊勢神宮内宮の御祭神、天照皇大御神の父神伊邪那岐尊が、神去られた最愛の妻神伊邪那美尊の御魂を訪ねて黄泉の国に出かけられ、「これはあまりにも汚い国に歩を入れた」と驚かれ、急ぎ逃げ帰られ「我が身のケガレ洗いすてん」と禊ぎを取りおこなわれました。そのときに生まれましたのが住吉の大神様でございます。故にお祓いの神様でもございます。 

 

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